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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)7281号 判決 1963年3月19日

原告 若尾富美子

原告訴訟代理人弁護士 井原邦雄

同 田中政義

同 藤本博光

原告訴訟複代理人弁護士 辻本豊一

被告 岩佐陽一郎

被告訴訟代理人弁護士 堀嘉一

主文

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原告と被告との間において、昭和三三年二月五日本件契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。本件契約について、原告は、原告を要約者、被告を諾約者、新会社を受益者とする第三者のための契約であると主張し、被告は、本件契約は商法にいう財産引受契約であると主張するので、これらの主張から検討する。

二、成立に争いのない甲第二号証≪中略≫を総合すると、本件契約を結ぶに至つた経過は次のとおりであると認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

原告は昭和三一年頃から我国における高級美術工芸品の輸出事業を計画し、主として米国の需要状況等を調査するため渡米し、視察の末この事業が有望であるとの見込をえた。そこで、帰国後知人の意見などを聞いた結果、まず我が国において美術工芸品を紹介、展示する設備をつくろうと計画し、その構想として、日本式庭園のある展示場と生花、茶の湯等我国古来の伝統的文化を紹介する施設を設け、更に会食、宿泊の設備もして、広く一般内外人交流の場所とすることとし、その建物の敷地を物色していた。たまたま被告の所有する本件土地は、聚翠園と称する都内有数の名園であることから、原告は被告にその計画を話して両者協議した結果、被告が本件土地を提供すること、原告は政界財界の有力者と親しいところから、資金面と経営活動の面を担当すること、ほかに貿易に明るい者を加えて会社を設立し、我国の高級美術品、工芸品の輸出事業を興すことに意見がまとまり、本件契約締結の運びに至つた。

三、そして原告被告ほか数名が発起人となつて昭和三三年四月一一日定款を作成し、同月一六日新会社が設立されたことは、当事者間に争がない。

四、そこで、本件契約のうち本件土地の賃貸に関する原被告間の契約の趣旨を前記の諸事実と照しあわせて考えてみると、被告は原告との間に会社設立にあたり本件土地の使用を提供し、賃料は一ヵ月金二〇万円として、会社設立と同時に新会社との間に賃貸借契約を結ぶものとし、被告はこれにより新会社の株式の六割を取得することを約したものと解せられる。すなわち、新会社設立の暁に新会社が直ちに本件土地の賃借権を取得し、被告が新会社の株式の六割を取得するという法律関係を設定したものではなくて、将来新会社が設立された後に、被告が新会社との間に本件土地の賃貸借契約を締結することを原告に約し、これを条件に被告が新会社の株式の六割を取得することができることを定めた趣旨であると解せられる。

五、被告は本件契約をもつて商法上の財産引受契約に該当すると主張する。しかしながら、商法第一六八条第一項第六号にいう財産引受とは、発起人が会社のために、会社の成立を停止条件として特定の財産を譲り受けることを約する契約であつて、原被告が本件契約当時まだ発起人となつておらず、個人としての地位において、被告が将来設立される新会社に本件土地の賃貸をすべきことを約しているにすぎないことは、前記認定の事実から明らかであるのみならず、新会社と被告との間にはまだ賃貸借契約は締結されていないのであつて、本件契約は何ら新会社を拘束するものではなく、その利益を害するおそれもない。従つて、本件契約は財産引受契約に該当しないものというべきである。

六、しかしながら、さればといつて、前記契約が直ちに原告の主張するように第三者のためにする契約であると即断することはできない。けだし、第三者のためにする契約とは、契約の当事者が契約当事者以外の第三者に対して直接権利を取得させることを目的とする契約である。ところが、本件契約は前記認定のとおり、被告と第三者たる新会社との間に本件土地の賃貸借契約を締結することを原告が被告に対し請求しうることを定めたに過ぎず、原、被告の間に新会社のために賃貸借契約を結んだのではない。従つて、仮に新会社の一方的な受益の意思表示があつてもそれだけでは新会社と被告との間に本件土地の賃貸借関係が生ずるものではないから、本件契約は第三者のためにする契約ということはできない。

七、そうすれば、本件契約により、本件土地に関して、原告が被告に対して有する権利は、新会社との間に賃貸借契約を締結することを請求し得るにすぎないのであつて、本件土地を新会社に引き渡すことを請求する権原はないものというほかはない。

八、よつて当事者双方のその余の主張について判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるから棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古関敏正 裁判官 三淵嘉子 高桑昭)

<以下省略>

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